出版日期:2025-07-21 00:00:00
作品名稱(其他語言):國民作家芥川龍之介與村上春樹的文學創作——從描繪生活一景的「橘子」與「葡萄」相較——
著者:曾秋桂
著錄名稱、卷期、頁數:日本語日本文學 54,頁79-94
摘要:本論文では、柴田勝二が「国民作家」を選んだ現存作家村上春樹の作品と、村上春樹が「国民作家」を選んだ芥川龍之介の作品との比較から出発し、同じように生活の一齣をスケッチした作品、芥川龍之介の「蜜柑」と、村上春樹の「葡萄」を取り上げて、両者が囲んだ周囲.外界に対する眼差しの持ち方と文学的な営みを考察した。その考察した結果を以下のように纏められる。芥川龍之介の「蜜柑」も村上春樹の「葡萄」も近代小説のパターンの一つとした「事件を話す文章」に属している。ストーリーに沿って描写と説明を使い分けて、プロットを明確にする文章構成の持つ作品である。そのストーリーとプロットを把握したところ、自分を囲んだ周囲.外界に対する眼差しの持ち方と文学的な営みにおいては、芥川龍之介と村上春樹との間で相違を見出すことが出来る。一言で言えば、芥川龍之介が外向志向であるのに対して、村上春樹が内向志向であるということになる。芥川の場合、他者.人間が取った行動に触発され、その行動を目撃し、受けた感銘が内心にある心境変化をさせたプロセスを文学的な営みに還元し、創作を産出した傾向にある。一方、村上春樹の場合、他者.人間が取った行動云々よりも、閉じ込められた空間でも一人で好きな読書などをしたりして、葡萄のしみに触発され、心に染みた記憶を呼び起こすプロセスを文学的な営みに還元し、創作を産出したのである。このように、芥川が他者の介入を必要とし、感情移転までも出来る外向的である一方、村上春樹が、他者の介入よりも、自分でしようとすることを自発的に見つけて、その湧き出る感興に任せるままでの内向的である。両者の文学創作について優劣を論ずることは無用であるが、国民作家の芥川龍之介と村上春樹が持つ志向が異なっている故、文学的な営みも文学創作も当然に違っている。それぞれの時代に咲き誇っている芥川龍之介と村上春樹の持つ独特的文学的創作こそ、国民作家の高名に相応な日本文学の資産だと後世に提示してくれると言えよう。
關鍵字:芥川龍之介; 村上春樹; 文学的な営み; 外向志向; 内向志向
語言:jp
ISSN:1609-896X
期刊性質:國內
收錄於:THCI Core
審稿制度:否
國別:TWN
出版型式:電子版,紙本